別名鵜嶋城。後北条氏による小田原水軍の根拠地。1590年に豊臣側の長宗我部元親、九鬼嘉隆、加藤嘉明、脇坂安治らの率いる一万以上の水軍をむかえ、約50日にわたって籠城したといわれている。
撮影日 2020年1月19日
石碑
眺望
説明看板
天下統一を進める豊臣秀吉と、小田原を本拠地とする北条氏の対立が表面化してきた天正16年(1588年)、陸の防衛拠点である箱根の山中城(三島市)とともに、海の防衛拠点として下田城が取り立てられ、伊豆郡代清水上野介康英を城将に大改築が行われた。
城は、海と断崖に囲まれた天然の要害に築かれている。通称天守台跡と呼ばれる高台を中心に、四方に伸びた尾根の要所に守備陣地である櫓台が設けれ、総延長700mを超える空堀が巡る伊豆半島最大規模の山城である。
基本情報
城郭構造 海城
主な城主 後北条氏
遺構 空掘、堀切、障子堀、土塁、郭
廃城年 江戸時代
別名 鵜嶋城
地図