秀吉一番最初の主君、松下之綱がかつての城主。曲輪や土塁、虎口、堀切、横堀、堅堀、井戸の遺構が残る。
2014年9月25日 
大手門
内堀
隅櫓跡
南の丸
高見
本丸
眺望
二の丸
三の丸
井戸
北の丸
東の丸
東南側から久能城遠望
南側から久能城遠望
模型
城内案内看板
久野城の建築時期は、駿府に本拠を持っていた今川氏が遠江に進行する為の拠点として明応年間ごろにつくったと考えられている。
歴代城主は久野宗隆→元宗→宗能、松平之綱→重綱、久野宗能→宗成、北条氏重で、正保元年(1644年)に廃城となった。
現在城内には、堀切、竪堀、土塁、井戸などが比較的よく残っている。また小字名の『西堀』『南堀』などが示すように、城の周辺に水堀を備えていたようである。
昭和54年10月1日に市指定文化財に指定されるとともに、近年の発掘調査によって、屋根瓦や陶磁器などが発見され、徐々にその姿を現し始めている。
基本情報
城郭構造 平山城
主な城主 久野宗隆 松下之綱
遺構 曲輪、土塁、虎口、堀切、
横堀、堅堀、井戸
廃城年 1644年
地図
パンフレット