井伊氏の支城の1つとして築かれた南北朝時代の山城。内部は北城と南城の二区画に区分され、一城別郭の形態を成す。
撮影日 2014年9月26日
登城口
石碑
五体力神社
曲輪
案内看板
今から600年前の南北朝時代、後醍醐天皇の皇子、宗良親王は井伊氏の助力を得て遠江にいたが、歴応3年正月に三岳城が足利方に攻められ落城したため、この城に入った。しかしこの城も高師泰、仁木義長らに攻められ八月に落城し親王は信濃へ落ちのびたと伝えられている。この付近の地名には城の名残をしのばせるものがいくつもある。
基本情報
城郭構造 山城
主な城主 井伊氏
遺構 堀切、土塁、曲輪
廃城年 1340年
指定 市史跡
地図