武田氏の駿河における拠点である三枚橋城廃城後の沼津に、代官支配となったが1777年、2万石で水野忠友が沼津に城地を与えられ、この地に沼津水野藩が誕生した。
撮影日 2015年10月18日
本丸跡
石碑
本丸説明看板
三枚橋城は、天正七年(1579年)、武田信玄の子勝頼が後北条氏の戸倉城に対抗して築城したものといい、関ケ原合戦後の慶長6年(1601年)には大久保治右衛門忠左が城主になった。しかし同18年(1613年)の忠左の死後世継ぎがなかったため大久保家は断絶となり、翌19年、三枚橋城は廃城になった。以後160余年の間当地に城はなかったが、安永6年(1777年)後に老中となる水野忠友が沼津に城地を与えられ沼津城を築城した。この沼津城は三枚橋城の北半分を利用して造られたが、規模は三枚橋城と比べ小さなものであった。
沼津城のあゆみ
外郭の狩野川
基本情報
城郭構造 梯郭式平山城
築城主 水野忠友
築城年 1777年
別名 観潮城
地図