東海道随一の難所とされる蒲原から由比・興津にかけての範囲をおさえた重要拠点。また武田氏・今川氏・北条氏が衝突する際の最前線でもあったため、「境目の城」とも呼ばれていた。
2021年5月23日
本郭南曲輪
眺望
堀切
大空堀
狼煙台
狼煙台からの眺望
鳥瞰図
蒲原城は蒲原丘陵から孤立した城山層を要塞化した山城で、築城時期は室町時代前期とされる。築城者は今川氏が駿河守護として入国した後、その一族によって築城されたものと思われる。その後、甲斐の武田方になるが天正10年(1582年)2月、徳川方になり、天正18年の小田原征伐の際、徳川勢の着陣を最後に廃城となった。
基本情報
城郭構造 山城
築城主 今川氏
遺構 土塁、堀切、曲輪
主な城主 今川氏・後北条氏・武田氏
廃城年 不明
指定文化財 静岡市指定史跡
地図