馬伏塚(まむしづか)城は、高天城攻めの際に徳川の前線基地として使われた遠江小笠原氏ゆかりの平山城。土塁や曲輪が残る。
撮影日 2021年5月16日
本丸曲輪と石碑
本曲輪と諏訪神社
遠景
城内看板
この城はいつ築かれたか明らかではないが、1501年に遠江国守護であった斯波氏と駿河国守護であった今川氏が遠江国の支配権をめぐって中遠地域で激しい戦闘が繰り広げられたときに座王城・天方城と友に登場しており、このときに城塞としての機能を果たしていたことがわかる。
城主として確かな資料に登場する最初は、今川氏の重臣、遠江小笠原氏であり、高天神城の城主も兼ねていたとされている。今川氏が滅亡すると徳川氏の配下になった。
天正2年(1574)高天神城が武田氏支配になると、家康は馬伏塚城を高天神城攻略の拠点とし大改修を行ったとされる。城主は家康の重臣小笠原康高を置いた。

家康の遠江支配が安定する天正10年には役割を終え廃城となった。
基本情報
城郭構造 平山城
主な城主 大須賀康高
遺構 曲輪、土塁
指定文化財 市指定史跡
地図
復元模型
パンフレット