高天神城(たかてんじん)は、現在の静岡県掛川市上土方・下土方にあった武田信玄と家康が激しい争奪戦を繰り広げた山城。たいへんな堅固さを誇り、現在は国の史跡に指定されている。また2017年に続日本100名城(147番)にも選定された。車であれば登城口までのアクセスは良好であるが、そこからは10分~20分におよぶ山登りが必要。本丸曲輪からの眺望と、信玄流築城術の三日月堀なども見どころの一つ。
撮影日 2014年8月17日
登城口
遠景
本丸跡
元天神社
眺望
切割
御前曲輪
井戸曲輪
想像図
高天神城は室町時代、駿河の今川氏が遠江侵攻の拠点として築いたとされ、戦国時代には駿河、遠江をめぐはる武田氏、徳川氏の激しい攻防の舞台となった。
元亀2年(1571年)には武田信玄が徳川方となった高天神城を攻めており、このときは大規模な戦闘は行われていない。
天正2年(1574年)5月には信玄の息子勝頼が当城に攻め寄せ、徳川方の城主小笠原氏は一ヶ月程の籠城と激しい戦闘の末、開城し武田方に降っている。
その後武田方となった高天神城は徳川家康の攻撃を度々受けることとなる。天正3年(1575年)5月の長篠の戦い以降、勢力の衰えた武田氏は当城を支えきれず、天正9年(1581年)3月22日、ついに落城した。高天神城はその後すぐに廃城となり現在に至っている。
案内看板
基本情報
築城年 16世紀初頭
城郭構造 連郭式山城
遺構 曲輪、土塁
築城主 不明
主な城主 小笠原氏、岡部氏
地図
パンフレット
御城印
続100名城スタンプ
スタンプ設置場所
大東北公民館 静岡県掛川市下土方267-1
掛川観光協会ビジターセンター「旅のスイッチ」 静岡県掛川市南1-1-1
掛川南部観光案内処 静岡県掛川市西大渕4334